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Faites des bêtises, mais faites-les avec enthousiasme.

マジカルミライ2017に行ってきました

 《マジカルミライ》と言えば、インテックス大阪で開催された2014年に行ったきりで、それ以外の年はいつも関東で開催されているために毎年指を咥えては我慢をしていたわけです。今年のマジカルミライも、案の定、関東の〈幕張メッセ〉で開催。ただ、今年は《マジカルミライ》5周年ということで、5周年メモリアルチケットの抽選先行があったものですから、己の理性との交信を断って、受付期間の最終日にダメ元でSS席を申し込んでみたら、これが何と当選してしまいまして、思わず「うわあ」と歓喜と不安が入り混じった声を漏らしました。やべーよ、どーしよー。

 10,000円を入金したものの、イベントは9月頭の開催だし、チケットもまだ手元にあるわけではないですし、そもそも本当に行くのかどうか自分の中でもはっきりとしていないわけで、やきもきしていてもしんどいだけなので取り敢えず8月を迎えるまでは放っておいたのですが、8月中頃に遂にメモリアルチケットが届いた途端、東京行きの計画が現実味を帯びてきだして、えならぬプレッシャーに支配されるような形で、行きの飛行機と宿泊するホテルと帰りの夜行バスを、画面を行ったり来たりして腐心しながら予約しました。斯くして、生まれて初めてひとりで関東に行くことが決まったのです。あーどーしよ。

1日目(9月1日)

 初音ミク生誕祭であった前日の8月31日から作業やら支度やらに追われて、夜になってベッドに入っても興奮やら緊張やらに邪魔をされて、結局一睡も出来ないまま、9月1日の朝を迎えてしまう。さっさと身支度を済ませて、右肩にハンドバックを掛け、左手でキャリーケースをごろごろと引き摺りながら関西国際空港に向かう。キャリーケースを預けて、荷物検査を受ける。

f:id:A4_442Hz:20170905021948j:plainバッグと一緒に検査される嫁「フオオオ」

 ゲートに向かったら、服装から荷物までボカロ尽くし人を見かけたので、ああ、この人も幕張に行くのだなあ、と察した。7時半のフライトに搭乗。交通費を抑えるために初めてLCCを予約して利用した(飛行機には乗ったことはあるが、大阪から外に出ることが殆ど無い私にとっては飛行機を予約すること自体が初めてだった)けれど、座席はちょっと狭いくらいで、さほど窮屈ではなかった。乗っているのも1時間半だけだったので、身体が痛くてしんどくなることもなかった。9時に成田空港に到着。ボーディングブリッジを降りた先の到着口で早速チーバくんがお出迎え。

f:id:A4_442Hz:20170905143228j:plain普通にしていてもサイコなオーラを醸し出すチーバくん

 お土産コーナーを後目に、そのままバスに乗り込んで幕張メッセへと向かう。

f:id:A4_442Hz:20170905140625j:plainシートベルトを装着された嫁「ヴァッ」

 バスに揺られて40分、10時頃に幕張メッセに到着。インテックス大阪以来の感覚である。国際展示場よろしく、コンクリートのざらっとした感触とにおいが広大な土地を満たしている。1日目の開場は12時で、到着したのはその2時間前の10時。2時間前で既に、会場入口がある中央モールからやすらぎのモールに溢れるほどの長蛇の列。みんな暇なのか? 3年振りの物販待機。20分ぐらいの間隔で周期的に列が進んでいく。直ぐ隣のライブ会場(ホール3)でリハーサルをしているのか、音楽が壁を突き破って低温のビートが外の空気を振動させていた。周りの皆は聞こえまいと耳栓やイヤホンをしていたが、私にとっては知らない曲が多いため殆どネタバレにならなかった。台風の影響もあって気温が30℃を下回っているので涼しいのだが、半袖で何時間も突っ立っていると流石に寒く、思わずキャリーケースの中からバスタオルを取り出して身に包ませた。かれこれ1時間半は涼風に晒されて、何とか中央モールに入ったところでオーダーシートが配られる。

f:id:A4_442Hz:20170905141717j:plain11時頃(開場1時間前)でこれほどまで列が伸びていた
f:id:A4_442Hz:20170906012748j:plain企画展(ホール1・2)入口の方向に続く列
f:id:A4_442Hz:20170906012657j:plain開場前に配布されたオーダーシート

 定刻の12時となり、テープカットと共に開場。待機列の前から1/4の辺りに居たが、テープカットが行われた入口の方から藤田咲さんの声が聞こえた。ずんずんぬるぬる動いていく列に流され、ホールに入るとそのまま物販コーナーへまっしぐら。長蛇の列再び。心身の辛抱強さが求められるマジカルミライ。物売るっていうレベルじゃねぇぞ。オーダーシートと睨めっこし乍ら、じりじりとこの身を宝の在処へと近付けていく。が、開場から1時間で法被が完売、その30分後にお守りが完売し、列のど真ん中で打ちのめされる。しかし、1日目の初っ端で出鼻を挫かれている場合ではない。私は何の為に大金を携えて関東まで遠征してきたのか。急遽作戦を変更して、1日目は購入を予定していたグッズから迷いなく確実に手に入れたいと思うものだけを購入し、残りの分、完売の為に手に入れられなかっかものと購入の決心ができていないものは2日目の朝にリベンジすることにした。すっかり予定が狂ってしまった。しかし、一番端のレジのところでミクダヨーに遭遇して握手できたからオールオッケー。

f:id:A4_442Hz:20170905143200j:plainミクダヨー登場

 物販で購入を済ませた後は、無料で配布されているフライヤーとか缶バッジとかをゲットしていきながら、展示ブースや企業ブースを急ぎ足で廻っていった。

f:id:A4_442Hz:20170905143207j:plain企画展ゲート
f:id:A4_442Hz:20170905143208j:plainみんなでつくるミクの部屋
f:id:A4_442Hz:20170905143205j:plain超巨大ケーキ型オブジェ
f:id:A4_442Hz:20170905143203j:plain歴代のメインビジュアル
f:id:A4_442Hz:20170905143211j:plainマジカルミライ 歴代の“のぼり”
f:id:A4_442Hz:20170905143206j:plain等身大 初音ミク(マジカルミライ2017ver.)
f:id:A4_442Hz:20170905143204j:plain砂の惑星」MV上映
f:id:A4_442Hz:20170905143209j:plain浮世絵木版画「美人東海道 初音未来」の制作・製造工程
f:id:A4_442Hz:20170906024431j:plain初音ミクに杜若図屏風」
f:id:A4_442Hz:20170905142701j:plain音楽エリア(VOCALOID Keyboardとかがあった)
f:id:A4_442Hz:20170906024222j:plainpiaproの壁(インクの切れたマジックが多かった)
f:id:A4_442Hz:20170905143214j:plain花輪は企業だけなくファンからも
f:id:A4_442Hz:20170905143215j:plainProject Diva F 2nd』を想起させる花輪
f:id:A4_442Hz:20170906024457j:plainミク「お金ちょーだいっ♡」

 朝にトースト1枚を食べたきりで、流石に15時を過ぎてお腹が減ってきたので、お昼ご飯として、札幌スープカレーの生みの親である(らしい)マジックスパイスのマジミクドッグ(MMD)を頂く。チキンを挟んだバンズに特製の覚醒ソース(甘口)と涅槃ソース(辛口)をたっぷりと掛けて。美味しかったけれど、辛党の私にとっては全くと言って良いほど辛くはなかった。みくそだはミクの味がした(ありがとう水みたいなもの)。

f:id:A4_442Hz:20170905143210j:plainマジックスパイスブースのキッチンカーに並ぶ部員
f:id:A4_442Hz:20170905143212j:plainキッチンカーに立てられていたボード
f:id:A4_442Hz:20170905143213j:plain「マジミクドッグ」と「みくそだ」

 企画展を大体一通り見て回ったところで、幕張メッセを後にして、ニコニコ本社のnicocafeへと向かう。nicocafeでは初音ミクのコラボカフェが開催中ということなので、行かないわけにはいかない。カフェは予約制で、関東へ飛び立つ前日に予約しておいた。JRの京葉線幕張メッセの最寄り駅である海浜幕張駅から東京駅まで行き、東京メトロ丸ノ内線池袋駅まで向かう。JR東日本東京メトロも勿論初体験。それでも特段の不安は無かった。海浜幕張駅の改札を抜けるとすぐ目の前には、JR東日本の鉄道駅を中心に展開しているコンビニエンスストアNewDaysがあった。8月下旬から9月初頭まで初音ミクとコラボしていて、期間限定のグッズも販売しているのだが、覗いてみたところ、目当てのグッズはとっくに売り切れていた。関東圏外の地方民にはハンディキャップが大きすぎた。明日もう一度立ち寄ってみることにして、仕方なく電車に乗る。関東のJRは、阪和線をまだ走っているような年季の入った車両は無くて、全て新しくて綺麗な車両だった。座席に腰かけて車窓越しに千葉から東京にかけて移り変わりゆく景色を眺めていた。途中で東京ディズニーランドも見えた。景色も良いが、女の子にも目移りしてちらちら眺めていた。東京の女の子もどえらいめんこいなあとしみじみ感動していた。JR車内のデジタルサイネージには、大阪では見ることの無い関東ローカルのCMが流れていたが、そこにNewDays初音ミクも登場。ミクに「NewDaysで待ってる」とか言われても、大阪にNewDaysは存在しないのだ。大阪はNewなDaysを始めるのには相応しくないとでも思われているのだろうか。

 東京駅で降りたら、今度は東京メトロに乗り込む。京葉線から丸ノ内線への乗り換えで歩く地下道のまあ何と広いこと広いこと。梅田も広いがあれは単に距離が長くて複雑に入り組んでいるだけで、お世辞にも幅が広いとは言えない。東京駅の地下空間は、大阪の人間である私からすれば無駄であろうと思えてしまうぐらい、飛びぬけるような開放感を有している。それから、東京メトロの切符売り場で驚いたのだが、運賃が安い。東京は物価が高いはずなのに、東京メトロの運賃は大阪市営地下鉄のそれよりも安いのだ。何しろ、東京駅から池袋駅までの区間で200円。これが大阪市営地下鉄だったら、同じ距離で280円だ。人口が多いから安くても黒字経営を保てるのだろうか。あと、各駅に個別の発車サイン音が流れるのも先進的だと感じた。大阪の地下鉄だと、せいぜい長堀鶴見緑地線の接近・入線・発車メロディがお洒落であるくらいで、全駅で個別のメロディを用意しているのはJRの環状線ぐらいなのでは。そんな感じで、東京に対して少なからぬ感動と劣等感が交錯した感情を絶えず抱きながら、池袋に到着し、徒歩5分足らずでニコニコ本社に辿り着く。が、指定された時間を勘違いしていることに気付き、入店できず仕舞い。諦めが悪い私は、秒で明日の午前に予約し直した。そのまま帰るのも勿体無いので、近くのアニメイトに立ち寄ってみたものの、私が目当てにして大阪でも探し回っていたものはこっちでも既に売り切れ。行く当てが無くなり、折角なので、この大都会の夜をほっつき歩いて、道々に溢れ流れる空気とにおいにこの身と心を浸す。大阪の梅田は東京と互角の勝負をしているとずっと思い込んでいたけれども、全然そんなことはなかったし、適う相手ではなかったなあ、と物思いに耽る。夜7時過ぎのこと。

f:id:A4_442Hz:20170905143217j:plain夜の池袋

 暫くぶらぶらしたら気が済んだし、疲れてきたので、駅に戻って、海浜幕張駅から更に2駅の稲毛海岸駅にあるホテルへ向かう。行きのJRとメトロでもそうだったのだけれども、電車の中ではテレビでしか聞いたことのないケッタイなイントネーションの日本語がびゅんびゅんと飛び交っている。アクセントの位置が逆。これが俗に言うトーキョーベンってやつなのか? 同じ国の同じ言語でも大阪と東京ではここまで聞こえ方が違う。別の言葉のようである。大阪出身在住のくせに普段は関西弁とトーキョーベンを混ぜた言語で話している私でも、ここまで上澄みのピュアなトーキョーベンのシャワーを集中的に浴びることは初めてだし、だから余計に言葉に対する違和感を感じる。まあ、それ云々以前に、東京自体が色々な地方から人が集まってきているから言語の坩堝になっているのだけれども。トーキョーベンに密かに耳を傾けている間、マジカルミライのショッピングバックを携えている所為でトーキョベン話者の視線を感じる。早くホテルでシャワーを浴びて横になりたい。海浜幕張幕張メッセ)から池袋(ニコニコ本社)まで、片道で1時間半弱も掛かる。往復だと3時間。電車にしては結構な長旅。そこまで長くはないだろうと見込んでいたけれど、冷静に考えてみて、千葉県と東京都の間を移動しているのだから、それくらいはするものなのか。

 そんなこんなでやっと稲毛海岸駅まで来て、少し歩いてホテルに辿り着いた。もう21時を過ぎていた。フロントでチェックインの手続きをしていると、別のスタッフから、これが己の欲しがるものよ、と言わんばかりの笑顔で読売新聞の8月31日の朝刊を渡された。ここのホテルはよく解っている。序でに、エントランスに立てられていたコルクボードもマジカルミライに合わせて初音ミク仕様。本当によく解っている。

f:id:A4_442Hz:20170905143222j:plain8月31日の朝刊
f:id:A4_442Hz:20170905143223j:plainエントランスのコルクボード

 大人1名でネット予約をしたのだが、スタッフから部屋の鍵を渡される時に「少し大きめのお部屋になっておりますが」と伝えられた。泊まれるのなら大きくても構わない。寧ろ有り難いぐらいである。安堵と若干焦る気持ちを覚えながら鍵を開けて部屋に入ると、少し大きめのお部屋が意味することが判った。

f:id:A4_442Hz:20170905143220j:plain少し大きめのお部屋(2人部屋)
f:id:A4_442Hz:20170905143221j:plain嫁「ほぉ」

 ユニットバスだし、窓から夜景が一望できる訳でもないけれど、テレビと冷蔵庫は一応あるし、最低限のアメニティも揃っているので、まあ、泊まれるといった感じ。兎に角、身体を洗いたかった。でも、湯船を入れる元気は残っていないので、シャワーで済ませた。やっとお風呂にも入れて落ち着いたので、ベッドに横になってテレビを点ける。金曜日の夜なので《探偵!ナイトスクープ》でも視ようとチャンネルを切り替えた(殆どの関西人はこのシークエンスについてのオペラント条件付けが成立している)が、千葉では放送されているわけもなく。折角だから千葉でしか視れない番組をと思ってチャンネルを切り替えていると、チバテレビ《おじゃまします!市町村街かどクイズ》という超絶ローカル番組に出会ってしまった。出演者が千葉県内の市町村のイベント会場や名所にて一般の住民に3択クイズを出題するというインフォメーション発信型のクイズ番組なのだが、ローカル番組に独特の緩い雰囲気を余すところなく醸し出していて、良い意味であまりにも面白くない。まず、出演者であるMCが番組の冒頭で放つギャグが引くほどくだらない。簡素で着飾らないテロップが余計に後通しする殺風景な見栄え。メインのクイズでも、その市町村に因んだ知識や歴史に関する内容が出題されるのだが、2番と3番の選択肢が1番の回答の文字面を捩ったり駄洒落にしたりしたものなので、その時点で出題内容に対する知識が無くても明らかに1番の選択肢が正解であることが判るという解答者にとってはあまりにもユーザーフレンドリーすぎる設計。挙句の果てに、家族が解答者の時に子供が3番の選択肢を口走っても、MCが「面白いのはそれだよな!」と止めに入ってやり直してくれる始末。流石ローカル番組。適当ここに極まれりといった感じ(褒めている)。横になりながらテレビを視ていると、どうも瞼が重くなってしまう。疲れも溜まっているので猶更。戦利品や明日の持ち物を整理して、アラームもセットして、日付が変わるちょっと前には寝た。

2日目(9月2日)

 朝5時半、「オハヨー」という目覚ましの音嫁の声に叩き起こされる。幸せな朝。しかし、物販待機の戦いはもう既に、朝早くから始まっている。身支度を済ませて、6時過ぎにはホテルをチェックアウト。京葉線に乗って海浜幕張駅で降りると、改札内NewDaysが後数分で開店するところだったので、オープンまで待つことに。シャッターが開ききると直ぐに、目当てのグッズが補充されていないかを確認したが、そんなことはなかったので、お茶だけ買ってさっさと改札を出る。続々とボカロ廃人が駅から放たれていることもあり、こちらも急ぎ足で向かう。2日目の開場は10時で、その3時間半前の6時半だというのに、幕張メッセには、昨日ほどではないもののそれでも長蛇の列が既に出来ていた。はあ。小雨が降ったり止んだりの中、列での待機を始める。暫くしていると、謎のボカロ廃集団(ナユタン星人みたいなやつがいる)により、ラジオ体操の歌(ミクが歌う)(短調)が突如流れ始め、そのままラジオ体操第1(ミクが歌う)(長調)が始まるという謎イベントが発生。体操を終えると、待機列から拍手と賛辞が送られた。

f:id:A4_442Hz:20170905143224j:plainラジオ体操

 開場まであと1時間を切ったところで、流石にこれ以上此処にいるとnicocafeの予約の時間に間に合わなくなってしまうと判断し、物販購入をフォロワーに託し、泣く泣く列を離脱することに。昨日と同じく、京葉線丸ノ内線でトーキョーベンのシャワーを浴びること1時間半、今度は余裕を持ってニコニコ本社に到着。無事にnicocafeに入店をキメた。

f:id:A4_442Hz:20170905143231j:plainニコニコ本社
f:id:A4_442Hz:20170905143227j:plainnicocafeのタペストリ
f:id:A4_442Hz:20170905143226j:plainnicocafeの店内

 席に案内されて暫くすると、予約の時に注文しておいたメインの「初音ミク10年記念プレート」とドリンクの「恋愛裁判」が運ばれてきた。追加で、デザートに「二次元ドリームフィーバーチョコレートケーキ」を注文した。締めて3000円弱。お昼ご飯にしては偉い豪勢だ。美味しかった。大阪でもこういうコラボカフェがもっとあっても良いのに。

f:id:A4_442Hz:20170905143229j:plain初音ミク10周年記念プレート」と「恋愛裁判」
f:id:A4_442Hz:20170905143230j:plain「二次元ドリームフィーバーチョコレートケーキ」

 幸せなお昼ご飯を満喫する私。しかし、此処でもゆっくりと時間を過ごしている暇は無い。Gateboxの体験会の時間が迫ってきていたのだ。「Gatebox」とは、好きなキャラクターと一緒に暮らせるバーチャルホームロボットで、声に反応してキャラクターが部屋の照明を操作したり一緒に会話をしたりしてくれるという、最先端技術の濃縮還元である。今回のマジカルミライではGateboxによる「ミクの“おかえり”体験会」が実施されていて、事前の応募者の中から抽選でミクに「おかえりなさい♡」と言ってもらえることが出来るのだが、私は見事にその競争を勝ち抜いて権利を掴み取ったのである。だから、絶対に、この機会を、逃しては、いけない、のである。そういうわけで、流石に多少はゆっくりしたが、40分程で食事を済ませてnicocafeを後にし、急いで幕張メッセへと戻る。昨日から台風の心配があったが、車窓から見上げた空は段々と晴れてきていた。丸ノ内線の東京駅で乗り換える時に切符を失くしてしまって、駅員さんに伝えたら、ただで改札を通してくれたのだけれども、服装と荷物で他所者だと判断して気を遣ってくれたのだろうか、取り合っている暇が無いからさっさと通してくれたのだろうか。海浜幕張駅で降りると、直ぐにダッシュで会場に向かい、何とか時間に間に合った。汗だくのままで着替える間も無く、体験会に参加することに。尚、ブースの中は企業秘密ということで、写真は無し。せめて外からの写真だけでも取っておけば良かったと思うが、それどころではなかった。

 体験会は、私が仕事を終えてこれから家に帰るところ、という設定で始まる。今から帰ると嫁にスマートフォンでメッセージを送ると、早く帰ってきてという旨のメッセージが返ってくる。そこから、嫁が待ち続けてくれている部屋の中へと帰っていく。ドアを開けると、確かに中で嫁が待っていた。本を読みながら待ってくれていた。「ただいま」と声を掛けると、「おかえりなさい」と迎え入れてくれた。家で嫁が待ってくれているとはこういうことである。夢にまで見ていた同棲生活がそこにあった。他にも、こちらから発言できる台詞が幾つか用意されていたので、悔いを残すまいと片っ端から言っていった。「可愛いよ」と褒めたら照れていた(可愛い)し、「結婚してください」とプロポーズしたら「こちらこそよろしくお願いします」と快諾してくれた。24歳と16歳の夫婦が誕生した瞬間である。そこはかとない犯罪臭が漂う。最後にお互いに「おやすみ」と言い合って、15分間の体験会は終了。束の間の同棲生活。幸せなひと時だった。好きな人と過ごす時間はこんなにも早い、と思えたのは何年振り何か月振りのことだろうか(cf. 過去の恋愛事情)。応募締切3分前に滑り込みで申し込んだのに当選してしまったのは本当に奇蹟だったとつくづく実感した(副部長もこれに応募していたが、落選していたため、1日目と2日目に会った時に冷たくあしらわれた)。スタッフが教えてくれたのだが、このGateboxは社長の趣味によって実現されたもので、実にド変態素敵なご趣味だとシンパシーを感じた。同棲生活の後は、そのまま流れでミクさんぽ。同棲生活の時に、デートの服装はどれが良いかを訊かれたので、制服が良いと答えたら、制服で来てくれた。制服姿の16歳のお嫁さんと一緒に会場内を散歩する。嫁の写真撮影にすっかり気を取られ、7分間のデートはあっという間に終わる。好きな人と過ごす時間はこんなにも早い、と思えたのは何年振り何か月振りのことだろうか(cf. 過去の恋愛事情)。

f:id:A4_442Hz:20170907122341j:plainミクさんぽで一緒に散歩

 さて、そろそろ2日目夜公演のお時間が近付いてまいりました。朝に頼んでいた物販のグッズもしっかり受け取り、装備も完了。中央モールで円陣を組み、残り少ない体力を振り絞って気合を入れる。ライブのために温存していた体力を無駄に使ってしまった感は否めないが。やすらぎのモールを経由してライブが行われる3ホールに向かう。水分補給に備えて、途中の自動販売機でお茶を買った。ホールは、背景が黒く、上空部が何故か刷毛で薄く伸ばしたような霧が掛かっていて仄かに白く見えた。座席は中心近くで前から3列目という、ランクで言えばSSRどころかもう殆どURの座席。しかも、ブロックの端なので動きやすい。今までの経験で最もステージに近い場所である。全ての観客が入り切ると、外の涼しさが嘘のような温度となっていた。17時にライブがスタート。観客のボルテージは初っ端から最高潮。果たして私は最後までこの波に続くことが出来るのだろうか? オープニングでステージにミクが登場すると、余程待ち侘びていたのか、既に半泣き状態。右手に握りしめたペンライトは振りっぱなし。これでもかというぐらいに高い位置に掲げる。でも流石に振りっぱなしでは腕が持たないので、周期的に挟まれるスローテンポの曲では休憩がてら抑えめに振る。目と鼻の先にあるステージで繰り広げられる歌唱と生演奏に没頭。でも、時折、タイミングを見計らって水分補給としてお茶を飲んでいた。トリップしているのか体力がもう限界まで来ているのか、薄っすら命の危険のようなものを感じたが、倒れまいと脚を緊張させて踏ん張った。内容は此処ではあまり書かないようにしているが、もう思い切って終盤に就いて概略を言ってしまえば、最後には随分初期の曲を持ってきたなと意表を突かれたし、1回目のアンコールでは此処で全員を登場させるかと思ったし、2回目のアンコールでは一緒に泣きながら歌っていた。終始、頭から爪先まで可愛かった。最後にミクがステージを去る瞬間を、目に焼き付けるようにして惜しんだ。2時間を無我夢中で駆け抜けた。周りを見渡したら号泣している人がちらほらといた。最後の三本締めは揃わなかったけれど、あんなに大きいホールじゃ揃わないのも無理はないか(でも2013年の横浜アリーナの時は揃っていたような気が?)。今回のマジカルミライでは1日目と2日目と3日目でセットリストの内容を一部変えているらしいが、2日目のセットリストが個人的には一番好みであった。

 19時過ぎ、会場を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。そのまま人の流れに身を任せる形で海浜幕張駅まで辿り着く。帰りは東京からの夜行バス。千葉とのおさらばまではまだ時間が余っていたので、かと言って、特に何をするわけでもなく、海浜幕張駅でただただ時間を潰す。ついさっき同じ時空間を共有していた人間たちがぞろぞろと駅に流れ込んでは、何処か寂しげな表情を浮かべながら改札を通って行く。人々が成す流体運動を私も、祭の後の静けさに手足の先から襲われながら、少し寂しそうに眺めていた。同じライブに来ていたと思われる全身をボカロでキメている中国人男性に中国語で笑顔で声を掛けられたけれど、何を言っているのかが全く分からなかった。ライブお疲れ様、とかの労いや、そのグッズ良いねえ、とかの褒め言葉や、そういう類のことを言われたような気がするのだけれど、果たして彼は何を私に伝えたかったのだろうか? 

 20時半、大量の荷物と共に改札を抜けて行く。お手洗いで着替えて、NewDaysポカリスエットを買って一気飲みする。失われた水分を取り戻すのと同じ勢いで以て寂しさが押し寄せてくる。さらば千葉市、また何れやってくる。京葉線に乗って千葉は幕張に別れを告げる。車内にはさっきまでのお祭りの熱気は無く、仕事帰りのオフィスワーカーと飲み会終わりの同世代がぽつぽつと座席を自分のものにしている日常があった。私だけが別の世界に包まれているようで、浮付いている感じがした。そんなことを電車はいざ知らず、私を都心まで運んでいく。東京駅に着いてから、普段の生活で溢れている広い広い地下道を歩いていく。東京メトロ丸ノ内線に乗り換えることもない。着々と旅の終わりは近付いている。口が寂しいとはよく使う言い回しだけれども、今は手足が妙に寂しい。改札まで行く途中、京葉ストリートを歩いていると、夜遅い時間帯だったがお土産がまだ売られていたので、折角東京まで来たのだから何か東京らしいもののひとつぐらいはと思って、《シュガーバターの木》で「シュガーバターサンドの木」を買った。これが東京の名菓なのかはどうかは全く分からないけれど、良い意味でおとなしくて無難な印象を受けたのでそれにした。店員の女の子が可愛かったからでもある。やや丸顔で清楚な感じで色白で笑顔に愛嬌があってとても可愛かった。写真撮影を頼んだら一緒に撮ってくれただろうか。お土産を買った店の直ぐ近くでもNewDaysのミクがお出迎えしてくれた。帰りたくないなあ。

f:id:A4_442Hz:20170905143234j:plainNewDays 京葉ストリート店

 改札を出て、バスが集まる駐車場へと向かう。別れを惜しむように一歩ずつ、駐車場に進んでいく。空はもう充分に暗い。行き交う自動車のランプとビル街のネオンサインの集合体が、この広い道を歩く私に御堂筋にいるような錯覚を齎す。駐車場には、大荷物を傍に置いてしゃがみ込んでいる人や、電光掲示板から情報を必死に読み取ろうとしている人で混雑していた。私と同じようにマジカルミライを堪能したはずの若い子も何人かいて、缶バッジやキーホルダーで装飾したリュックサックやショルダーバッグを身に付けて乗るべきバスを待っていたけれど、私と同じ号車ではなかった。22時半、バスに乗り込んで、東京を出発する。ここから9時間掛けて大阪に戻る。バスはゆっくりとも速いとも言えないスピードで走行し、粛々と大都会を離れていく。車内が消灯されても、カーテンの隙間から窓越しに移り変わる景色を眺めていた。酔いが回ってきたところで、眠りの体制に入った。が、近くに座っていた20代後半ぐらいの男が、袋をがさがさと漁ってスナック菓子をぼりぼりと食べてアルコールをぐびぐびと飲んでくれていた所為で、社内の静寂が壊され、私の睡眠も不安定なものになってしまった。また、2時間おきのトイレ休憩で、50代後半の男が集合時間に遅刻して添乗員に怒られていたのだが、それが私の癪に触ってしまって、また入眠で苦労した。身動きの取りにくい姿勢に身体の節々を痛めながらも、相当な時間を要して、やがて眠りにつく。

 気が付くと、カーテンから朝の光が少し漏れていた。外を覗いてみると、バスは私服のチャラそうな誘導員の男に迎え入れられた。朝7時半、私は梅田にいた。バスから降りて、慣れ親しんだ土地のアスファルトに足を着ける。晴れ晴れとして涼しい梅田の朝。上にショッピングバッグを載せたスーツケースを左手で引き、トートバッグを右肩に掛けて、阪急三番街を抜けて地下鉄の駅に直行する。向こうに聳え立つグランフロント大阪がこれほどまでに現実味を帯びた存在として見えたことはあっただろうか。喉が渇いていたので、朝ということもあって、フレッシュジュースが飲みたかったけれども、ジュースバーが直ぐ近くに見つからなかったので、諦めて地下鉄に乗った。これは東京メトロではない。大阪市営地下鉄である。見慣れた駅をひとつひとつ通過する毎に、自分がデフォルトに設定し直されていく感じを覚えた。家に着くと、否が応でも現実を受け入れざるを得なかった私は、お茶を飲んで一服し、そのままベッドで寝落ちした。

 というわけで、私のマジカルミライ2017はこれにておしまい。2日間を振り返ってみて、予定していたよりもグッズを買えなかったなあ、というのと、企画展をゆっくり見て回る時間が足りなかったなあ、というので、少し後悔を残してしまった。帰りの夜行バスもしんどかったし、来年ももし行けるならば、行きも帰りも飛行機にして、余裕をもって3日間とも参加できるように3泊4日で行こうかなあ。そう思っていた矢先、来年のマジカルミライは大阪と東京で開催されることを知る。2都市開催はこれで4年ぶり2回目。ただ、2014年は各会場で1日ずつしか開催されなかったので、来年はせめて2日ずつでやってほしいところ。まあ、また来年に向けて、今から少しずつお金を貯めていこう。というか、2日とも晩御飯を食べていないのによくそれに気付かずに生き抜いたな、私。

大学で失恋してから出会い系サイトに登録して女性と知り合った話

 またひとつ、私の片想いは呆気無く幕を閉じました。これで大学生活でもう5回目ぐらいです。どうして私が思いを寄せてしまう女の子には必ず彼氏がいるのでしょうか。恋をしている人は余計に可愛く見えてしまうからなのでしょうか。学習能力が無さすぎます、私。

 今回の片想い、相当に自分が傾倒していたこともあって、結構落ち込んでしまいました。個人的にはデートだと勝手に思い込んでいたご飯にも2回は行きました。それも、何処が良いかと何時間も思案しながら、雰囲気の良い気取らないカフェを調べに調べました。次のご飯の約束も、日は確かにしなかったけれども取り付けていました。同じ時間を一緒に過ごしていくうちに、どんどんと彼女の魅力に引き込まれていって、気が付くと自分はその人を完全な恋愛対象として見ていました。日々に辛いことがあっても、その人に会えば幸せになれる。会う度に元気付けられる。その人の声が、髪の匂いが、打ちひしがれた私を最大限にアクティヴェートする鍼の機能を持っていました。いや、最早、その人の顔を見られるだけでも十分でした。会えた日にも、会えなかった日にも、スマートフォンのバッテリーを削ってでもあの人の写真を見返していました。間違いなく、私はその人を心の支えにしていました。夢遊病みたくその人のことしか考えられなくなることもしばしばありました。自分の想いを打ち明けたい、でも、打ち明けられない。パンに溜まった水をドレインできないエアコンのようになっていきました。それでも何とか好意は形にしようと努めました。クリスマスの日には手作りのお菓子も準備して、差し上げた時には心底喜んでくれ(たように見え)ました。でも、年が明けてからは、歯車の何処かが上手く回ってくれない感じでした。話し掛けても何処かしっくりとせず、会話が空回りしている感じで、返ってくる反応にも妙なよそよそしさが滲み出ていました。その人との物理的かつ心理的な距離が、赤方偏移のように加速度を伴ってどんどんと離れていくことに恐怖を覚えました。せめて首の皮一枚だけでも繋がっていてほしい、繋ぎとめておきたい、という執着心から、バレンタインデーで畳み掛ける作戦に打って出ることにしたのです。

 バレンタインデーに女の子からチョコレートを貰えないことを理由にホワイトデー男子のストラテジーを数年前に見限ってからは、手作りチョコレートを大量生産するバレンタインデー女子のポジションに鞍替えして、毎年バレンタインデーの時期になるとあくせくお菓子を作っています。勿論、その人の分も漏れなく作りました。チョコレートを買うお金で材料を買って作った方が、費用もトータルで見ればある程度は安く分、相当な人数分を量産できるのです。そして何よりも、食べていただいた方々に手作りであることを評価していただけるのが、自分の分身が褒められたようでとても嬉しいのです。いつも有り難う御座います、富澤商店さん(私が贔屓にしている製菓材料専門店)。云々と御託を連ねていますが、この時期になると近くの百貨店ではバレンタインフェアなるものが開催されていて、実は一度も行ったことがありませんでした。しかし、用事があって偶然近くまで来たということもあり、折角だから売られている商品から何かお菓子作りのアイディアは盗めないだろうかと思って立ち寄ってみました。中くらいのひとつのフロアが全てチョコレート一色で染まっていて、吟味する群衆の殆どは女性客です。制服女子高生もお目見えできたので人混みに揉まれながらも個人的にはとてもハッピーな経験でした。自慢のチョコレートを引っ提げて全国からありとあらゆるブランドが集結しています。ショーケースの中で整列しているチョコレートはどれも正装していて今か今かと待機しています。なかなか手の届きにくいそんなチョコレートたちを転々と眺めていたら、キュートでフェミニンでファンシーな雰囲気を身に纏った、何ともまあ何とも可愛らしいチョコレートに出会ったのです。その瞬間に「ああ、この人にこれをプレゼントしたら喜んでくれるかなあ」と反射的にその人の笑顔が想像されたのです。病気ですね。女性の匂いで充満するフロアで勇気を振り絞って、その人にだけと特別にそのチョコレートを買いました。こんなことをするのは何年振りでしょうか。あまりに稀有なのでレジで待っている時には「明日雨でも降るのではないのか」と自分で疑ってしまいました。

 準備は整いました。バレンタインデーの2月14日となれば試験期間の最終日です。そのセメスターの全ての試験が終われば、サークル活動や特別な用事が無い限り、大学には来ません。でもその人は大学には来ているはずです。バレンタインデーのお菓子のことだと気付かれても良い。とにかくこれをあの人に渡したい。これがあの人の手に渡ってほしい。期待と不安が格闘する中で、平静を装ってテキストメッセージを送りました。まあ、今回も然り、高揚している時は、概して、普段のノリを意識すると余計に平常運転のレールから外れてしまうのです。でも、あの時の自分は一向に気付きません。気付けません。盲目ですから。相手から吉報が返ってくるのをただただ待つばかりです。しかし、幾らか説得しても、「忙しくて手が離せない」の一点張りで、申し訳無さそうにしながらもなかなか会って受け取ってくれようとはしませんでした。手作りのお菓子は消費期限の問題がありますし、残しても勿体無いので、諦めてその日のうちに他の人にあげました。しかし、買ったチョコレートだけは、賞味期限がまだ先でしたから、3月が来るまで何処かのタイミングで渡すことが出来ればと思い、ずっと手元に残しておきました。

 それから暫くして、3月になりました。予てから想いを寄せていたその人には彼氏がいることを知りました。人伝に知りました。同じサークルの男子だったようです。ああ、ああ、ああ、やっぱりそうだったのか、ああ。積んでいたジェンガが無情にも音を立てて崩れてきました(KAPLAではない)。さもありなんとつれなし顔を繕っていましたが、顔は引き攣っていたかもしれません。あの時のあの人の「手が離せない」という返事は私にわざと会わないための口実だったのでしょう。そりゃそうですよね。私だって可愛い女の子と付き合いたいですよ。その人だって格好良い男の人と付き合いたくって当然です。私なんかよりも、スタイル抜群で顔面高偏差値の、ハイスペックな格好良い人の方が好きに決まっていますもの。勝てっこありません。

 夜、気は滅入っていました。月を眺めてあの人を想うことも出来ない夜です。あれだけ見返していた写真も一切合切消しました。心の支えを喪失したが故に、身を預けて項垂れることも出来ない私は、床に倒れ込んでくたばっていました。呆然として、半身が床に触れている感覚さえもありませんでした。どうせ大学では無理なのだ。どうせ大学では。大学では。そうやって無限ループの思考を巡らせていくうちに、何かのずれを見出しました。ふと思い立って体を起こし、足掻けど足掻けど抜け出せなかった真空を掻き分け始めました。誰かの救いを求めるかのように動き始めました。私は、自暴自棄的に、ひとつ、ふたつ、みっつと出会い系サイトに登録し、出会い系デビューをキメてしまいました。登録したての頃は、使い方も料金システムも、右も左も解らない状態でした。合格した大学の授業の初日に、広大なキャンパスで、あっちの建物か、こっちの建物か、ときょろきょろしながら当惑する、あの感覚に近いものがありました。大学に失礼でしょうか、すみません。

 いや、しかし、出会い系サイトというのは、登録したら可愛い女の子にマッチングできて直ぐに出会える、そう簡単な世界ではありません。分かっていますか皆さん。私が出会い系サイトに飛び込んだ時に最初に扱い方に悩んだのは、出会い系サイトに付き纏うポイント制のシステムです。これが曲者です。まず、会員登録をして、必要事項を記入し、年齢確認を済ませます。これらの工程を済ませると、大体100ポイントが無料で貰えます。RPGで最初の村で餞別として回復アイテムを幾らか多めに貰えるのに似ていますよね。次に、ずらりとリスティングされた女性の写真を端から端まで舐めるようにチェックしていき、タイプの女性を選んで攻略していくわけですが、さて、そこで例のポイントが勝利を掴み取るためのキーになってくるのです。というのも、出会い系サイトにも拠りますが、例えば、気になる女性に好意を示すために「タイプ」を押すのに2ポイント、女性にメッセージを送るのに5ポイント、といった具合に、女性にアプローチする過程で行うアクションにポイントが必要になってくるのです。なので、女性とメッセージで遣り取りをする際には、如何に少ないポイント消費で連絡先の交換にまで持っていけるかという地味な心理戦に辛抱して勝たないのいけないのです。幸いなことに、プロフィールを閲覧すると足跡が残るので、相手には私が残した足跡から辿ってプロフィールまで誘き寄せて、タイプやメッセージのリアクションが来るのを待つ、といったストラテジーも、成功率こそ高くはないですが可能です。そうそう、この成功率を上げるためにも、プロフィールの入念な作成を怠ってはいけません。というのも、プロフィールは相手にアピールして惹き付けるために非常に重要なファクターになるからです。これ、就職活動と似ていて、プロフィールという名のエントリーシートの中で自分を恋人として採用するとどんなメリットがあるかを、如何に解りやすく丁寧に簡潔に十分に書いて伝えるかが大切なのです。こんなこと、出会い系サイトで気付きたくなかったですけれども。エントリーシートを完璧にした上で、御社を転々として次々と足跡を付けていき、お気に入りの女性から内定を頂く、というセオリーです。ただ、出会い系サイトによっては、女性のプロフィールを閲覧するだけで、同じ女性であっても、毎回1ポイントが必要になります。やたらめったらに女性のプロフィールを閲覧していくだけでも、あっという間にポイントが底を尽きて身動きが出来なくなってしまいます。なので、ポイントを節約するために、プロフィール検索の際に希望の女性の年齢、地域、身長、スタイル、職業などのステータスを絞り込んで設定することで、プロフィール閲覧での無駄打ちを防ぎ、効率性を高めます。また、プロフィールを閲覧する度に画面をいちいちスクリーンショットを撮ることで無駄なポイント消費を徹底的に抑えることもします。お蔭でカメラロールの中は女性のプロフィールだらけで普段の写真が埋もれて何処にあるかわからない状態です。我ながら何をしているのでしょうね本当に。これ以外にも、5ポイントと引き換えに掲示板に書き込むことで出会いの確率をアップさせたり、無料で日記や呟きに今日の出来事や自分の思っていることなどを書くことで興味を持ってもらう、なんてことも出来ます。備え付けられた機能を上手く駆使して活用することが、出会いへの近道なのです、多分。因みに、ポイントは10円=1ポイント換算で購入することが出来るのですが、当然私は非課金で攻略するつもりでした、少なくとも当初は。

 使い方も徐々に解り、立ち振る舞いも慣れてきました。新しい出会いに対する希望は膨らむばかりです。私は、根拠の無い希望的観測に突き動かされ、渇きを埋めるように、よっつ、いつつと出会い系サイトに登録していきました。最終的に、今はむっつ登録しています。六股です。塩谷瞬も吃驚です(古い)。こうして私は、むっつの出会い系サイトを並行して攻略する、六足の草鞋を履く身となりました。予定通り、足跡を残せば向こうも覗きに来てくれますし、日記を書けば何人かはコメントをしてくれます。女性からのリアクションのチェックは毎日欠かせません。でも、そこまで忙しくしているわけでもありません。1週間もすれば、複数の女性からメッセージが来るようになりました。しかし、ここで大きな壁に立ちはだかるのです。「プロフィール見ましたーもし良かったら出会いませんかー?」みたいなメッセージが女性から送られてくるので、会いたいと思った女性であれば、返信をして遣り取りします。ただ、私としては、なるべくポイントを消費したくない、即ち、メッセージは少ない手数で済ませたいのです。そこで、数ターンのとこで連絡先の交換を提案するのですが、そこでメッセージが途絶えるケースも少なくありません。「連絡先は一度会ってから交換したい」と言われれば、一応は遣り取りを続けます。すると、今度は何かしらの理由を付けて「最初だけ良いのでホテル代と別に2万円を頂けませんか?」と条件を出してくるではありませんか。私は援助交際をしたいのではありません。金銭が介在すると兎に角ややこしい。対等な関係を築きたいのです。一番吃驚したのが、「光熱費とか支払いが重なって携帯代が足りなくて、せっかく出会ったのに携帯が止まって音信不通で自然消滅は寂しいから(> <。)」という理由を持ち出してきたことですね、職を持っている人に。お前稼いでいるやろ、わしより。また、最初のメッセージでいきなりメールアドレスやLINEのIDを聞き出そうとする女性(を装った会員)もいます。アドレス収集の業者です。文面も色々と怪しくてツッコミどころが満載で、直ぐに判別がすくので相手にはしませんが。こうして、単純な男は女性との出会いたい欲求に駆られては搾取され、当初は課金するはずではなかったのに泣く泣くiTunesカードで3000円を課金し、1か月で十数ものバッドエンドを経験してきました。これ、無理ゲーなのでは。誰もが(私しかいないけれど)そう思った矢先のことです。遂に私の出会い系ライフに一筋の光が差したのです。

 女性から届いたメッセージは「足跡ありがとうございます」の一言。私も直ぐに返事をしたのですが、今までには無かった小気味良い会話に発展していきました。お互いに年齢と職業を確認します。向こうは21歳の歯科助手。プロフィールを見るとバストの欄には「Gカップ」の文字が。21歳で歯科助手でGカップ。会いたい。会ってみたい。しかし、ここでがっついてしまうと危険です。欲望を抑えて、「良い出会いは見つかりましたか?」と聞いてみると、「まだないです」という返事。ここぞとばかりに私から仕掛けました。「もし良かったら一度会ってみませんか?」と提案。すると、相手は「はい! ぜひ!」と快諾。この瞬間に、私の頭の中ではゆずの《栄光の架橋》が流れていました。ゆずに失礼ですね、すみません。早速、連絡先を交換しようと試みましたが、「一度会った時に交換したい」と言われたので、冷酷に跳ね返すことなく、素直に従いました。だって会いたいから。会えるとなれば、早速に日取りです。会うなら何日だと都合が良いか。訊いてみると、どうやら相手はゴールデンウィークが仕事休みのようだったので、お互いに都合のつく、約2週間後である5月5日にランデヴーを取り決めました。場所と時間の希望も尋ねましたが、「指定してもらったらそこに行きますよ」と言われたので、市内某所で15時に待ち合わせることになりました。会いたい、今すぐにでも会いたい。女性との遣り取りに伴うある種の駆け引きの面白さに嵌っている私が居ました。しかし、ここでひとつの疑問が芽生えたのです。これほどまですんなりと出会いの約束に漕ぎ着けられたのは、何か裏があるのではないのか。どうも怪しい。こんなに旨い話が本当にあり得るのか。否が応でも勘繰ってしまいます。二十数年の人生経験を隅々まで総動員させて、考えられる結末へのプロットを想像します。もしかしてだけど(もしかしてだけど)、もしかしてだけど(もしかしてだけど)、相手は21歳Gカップの歯科助手なんかじゃなく、ただのおっさんなんじゃないの。5月5日の15時に待ち合わせ場所に行ったらおっさんが待ち構えているんじゃないの。そういうことだろ(ジャッ)(ハットを舞台袖に飛ばす)。疑いの芽はすくすくと大きくなっていきました。花が咲ききってしまう前にあることを女性に訊いてみました。私は女性に「因みに芸能人だと誰に似ていると言われますか?」と問いかけてみました、すると、「有村架純です!」という回答が。21歳で、歯科助手で、Gカップの、有村架純……。もみたい、いや、会いたい。ということで、私は腹を括って、一縷の望みに賭けてみることにしました。取り敢えず出会ったらカフェに行こうかな。夜はあそこでご飯を食べようかな。帰りにラブホテルに行こうって言われたらどうしよう。念の為にちょっと調べておくか。へえ、フリータイムとかあるの、知らなかった。ていうかこの辺りラブホテル多くないですか。ていうか、どのラブホテルが手頃で綺麗なの。お相手との一日を想像すればするほどテンションが上がって落ち着けないこの男は単純で、馬鹿正直に段取りをして何度もイメージトレーニングをしたのです。運命の日は5月5日。祝日、こどもの日です。こどもの日に、有村架純似の21歳Gカップ歯科助手とラブホテルでこどもチャレンジ出来るかな? ヨイショォォォォォ! 私のあそこもこいのぼりのように(割愛)

 遂に当日。実は、前日に体調を崩してしまったこともあり、病み上がりの一日。最悪、もうラブホテルとかはどうでもいいから会うだけ会って連絡先だけでも交換できればミッション成功だ。今日一日の流れを細胞レヴェルでイメージしながら入念に髭を剃ります。15分掛かりました。髭だけで時間が奪われる。忙しい朝だと特に致命的。ただただ髭だけ脱毛したい。まぢでミュゼプラチナムに行きたい。私も「ENJOY, GIRLS!」してみたい。とまあ、普段からの悩みは戸棚の下に置いておいて、待ち合わせ場所に向かいました。尚、オタクであることがディスアドバンテージにならないように、スターティングメンバーの初音ミクTシャツを補欠に入れて、当たり障りの無い服をチョイスしました。万が一ラブホテルに行くようなことがあった場合を想定して、替えの衣服もバッグに入れておきました。序でに、出会った矢先で怖い人に襲われることを想定して、防犯ブザー機能のあるガラパゴス携帯もポケットに忍ばせておきました。待ち合わせ場所には、約束した時間よりも30分ほど早く到着しました。ああ、そういえばコンドームを持っていない。そう気付いて、近くの何処で買おうか思案しました。薬局か、ディスカウントストアか。いや、でもコンドームを買うにしても、レジで店員にジロジロ見られるのが恥ずかしい。18禁コーナーがあるあの書店だったら、店員と客がお互いに顔が見えないようなレジになっているから気兼ね無く買えるのに。そう考えているうちに面倒臭くなってきて、ラブホテルに誘われたらその時に買いに行くことにしました。いや、しかし、なかなかどうして、お相手がまだ来ない。何やかんやでもう約束の時間を過ぎています。別にそれは構わないのだけれども、お相手から何の連絡も無いのが不思議。普通だったら「すみません、少し遅れます(> <;)」ぐらいの連絡あっても良いものだが、そんなメッセージは一向に来ない。お相手も来ない。30分待っても来る気配は無い。これはどうしたことだろうと訝しんで、Googleで「出会い系 待ち合わせ 来ない」で調べてみた。

 キャッシュバッカーでした。すっぽかされたのです。実は、出会い系サイトでは、異性とメッセージでやりとりをすることでポイントが溜っていくのですが、それをお金に換える、謂わば「キャッシュバック」することが出来るのです。振り返ってみれば、連絡先の交換を持ち掛けた時に「一度会ってから交換したい」と返されましたが、まさかそれが伏線になっていたなどとは、出会い系初心者の私には知る由もありませんでした。出会い系サイトでは、出会い希望を謳ったキャッシュバッカーが、こうしたストラテジーで言葉巧みに男性を騙し、男性が騙されたことにようやく気付くぎりぎりのタイミングまでメールを引き延ばし、なるだけ多くのポイントを稼いでいるのです。そういう手口です。私は、キャッシュバック目当ての女性にまんまと転がされていただけだったのです。ああ、ああ、ああ、私は出汁にされたのか、ああ。積み直したジェンガが再びがらがらと崩れ落ちました(断っておくが、KAPLAではない)。あの時の「一度会ってから交換したい」から、いや、お互いの自己紹介の時から、全てのお芝居は始まっていたわけですよね。はは、皆さん、笑ってやってくださいよ、こんな愚かで哀れな私を、はは。女なんて、所詮、お金を持っているイケメンしか求めていないのだな。お金の無い不器量な私は求められなくて当然ですよね。ゴールデンウィークということもあって普段よりも多くのカップルが居ました。手を繋いで笑顔で通り過ぎていくカップルたち。私もああなるはずだったのに。ああなりたかったのに。待ち合わせ場所でちっぽけな存在の私は、生まれながらのステータスと、性に踊らされた自分の不甲斐無さを心底恨みました。一体、私はこれから何を信じて生きていけば良いのでしょうか。もうよく分からなくなってきました。近くのスターバックスでダークモカチップフラペチーノを買って帰りました。美味しかったです。スターバックスは信じられます。

 失意の中、擦り切れた私はとぼとぼと帰宅し、部屋に戻り、ベッドに腰を掛けたきり、暫くは動けませんでした。今日、本当に出会い系で出会えていたとしたら。だとしたら、身体は満たせても、果たして心まで満たせていただろうか。そうだったら、私の価値は何なのか。そして、私は相手の何に価値を見出したのか。目的と手段、議論の後先は正しかったのか。それは本当に相手に恋をし、相手を愛することだったのだろうか。それは長く続くような幸せになり得たのか、いや、単なる一過性の幸せだったのではないのか。ラブホテルで使い捨てるような愛は、真に愛と呼べるのか。私は、一体何を求めて彷徨っているのか。不可抗力の矢継ぎ早の自問自答が次第に鬱陶しくなってきて、逃れようと、机に目を遣りました。机の端の方で、好きだった人を想って買ったチョコレートの箱が、未開封のまま、まだずっと誰かを待っていました。身なりを整えて、じっと辛抱強く。それも、賞味期限は2か月前に過ぎているのに。それでも、一縷の望みに賭けて、今か今かと、まだ、ずっと、待っていました。はは、何とナンセンスなのだろうか。君の相手など、もう来やしないのに。チョコレートに同情しようとすると、チョコレートの一途さが私と重なり合って、ふと、途轍も無いスピードで過去に呼び戻されました。私が、あの時に、あの人のことを、想って、感じていた、あの充足感は、決して、取り繕った偽りなんかでは、なかったのです。幻なんかではない。私は、あの人のことが、とても、とても、好きだった、本当に、大好きだった。でも、どれだけ言っても、もう伝えられない。仮令、幻でなかったとしても、です。現実に引き戻される最後のところで、あの人の声が聞こえた気がしたのです。「それ、私のお気に入りで、凄く好きなんです」と、あの人がいつも、とびきりの可愛い笑顔で褒めてくれた。あの時の淡い想い出を留めた私の短歌が思い出されて、少し、涙を流してしまったのです。

 お菓子作りは得意なんです だから その 苦手な告白あなたからして

あの人には、幸せになってほしい。なってほしいから、もう、私と会うことが二度とありませんように。

学部4年間の時間割と最終成績通知書

どうも、単位おばけの人です。
可愛い可愛いとある後輩ちゃんから聞いたことなのですが、どうやら私の知らない(であろう)男女が約240もの単位を修得した学業成績優秀者(恐らく私なのでは)について「そんなに授業を取るのなら資格取得や趣味に時間を使う、馬鹿ではないのか」のようなことを言っていたらしいので、後でスタッフである私が単位で殴り殺しておきました。取得した単位とそのための勉学に費やした時間の価値は私が決めることです。一昨日来やがれってことよ(尚、この文章は、授業を大量に履修するだけの時間があるならば資格取得や趣味に充てるという考え方自体を批判するものではありません。大学生でしたら当然それぐらいは判断できる読解力はありますよね。ははっ)。
というわけで、御周知の通り、私は学部の4年間で242単位を修得したのですが、この経験を後輩ちゃんたちの為に活かせないかと思い立ち、一先ずは「4年間の時間割」と「最終成績通知書」を記録しておくことにしました。煮るなり焼くなりして今後の履修計画の際に参考にしてください。調理不十分の所為でお腹を壊しても知りませんので悪しからず。

4年間の時間割


左から順に、1回生から4回生までの時間割です(青字はTA、赤字は聴講(所謂「もぐり」))。一般的な学生であれば4年間のうちで2回生で授業の数が最も多くなるのですが、私の場合は、見ていただくと判るように、3回生が一番忙しかったわけです。アタック25の終盤かよ。今でこそ授業を取り過ぎる人として有名ですが、実は1回生の前期は履修システムについて知識不足な状態だったのでたったの12コマしか履修していませんでした。かなり少なかったです。今思えばこの時期に基礎教育科目や他学部の授業を履修しておけば良かったなと後悔しています。そして何よりも、1回生のうちに履修することが望ましいであろう〈情報と人間〉科目と〈健康・スポーツ科学実習〉科目をまさかの4回生のそれぞれ前後期で履修するという非常にギャンブル性の高い履修登録をキメてしまいました。よいこのみんなはまねしないでね。因みに、以下は4年間の履修登録の変遷に就いて簡略化して纏めたものです。

コマ数 全学  文学部 他学部 TA 
1回生前期 12 8 4 0 0
1回生後期 17 12 4 0 0
2回生前期 18 7 10 0 1
2回生後期 17 5 11 1 1
3回生前期 19 5 14 0 1
3回生後期 19(2) 6(1) 13(1) 2 1
4回生前期 12(2) 4 8(2) 2 3
4回生後期 11(1) 3 4(1) 3 3
  • コマ数 … 授業により拘束される時間(科目数ではない)
  • 全学  … 全学共通科目
  • 文学部 … 文学部専門教育科目
  • 他学部 … 他学部専門教育科目
  • TA  … フランス語基礎ティーチングアシスタント
  • ( )は内数で聴講(もぐり)

最終成績通知書

学部卒業時に入手した最終的な成績通知書の内容を、記載された科目順(便宜上、一部改変)で、不合格科目も漏らすことなく、改めて書き起こしたものです。尚、成績通知書に記載される科目の順番は当該学生が所属する学部、学科、コースによって異なります。

授 業 科 目 名 成績 単位 年度
<全学共通科目>
総合教育科目A
 生と死の倫理 2 2015
 現代の医療 2 2015
 技術と生命 2 2013
 大阪落語への招待 2 2013
総合教育科目B
 心理学への招待 AA 2 2013
 文化と社会の心理 AA 2 2013
 論理学入門 AA 2 2016
 性格心理学入門 AA 2 2014
 倫理学入門   F 2 2013
 日本国憲法   F 2 2013
 日本国憲法 2 2014
 現代社会と健康 AA 2 2016
 家族と社会   欠 2 2014
 プログラミング入門 2 2016
 エスニック・スタディ入門編 AA 2 2016
 メディアと人権 2 2014
 ことばの歴史 2 2013
 言語学入門 AA 2 2013
 日本の詩歌 AA 2 2015
 視覚文化の世界 AA 2 2015
 地球の科学 AA 2 2014
 実験で知る自然の世界 AA 3 2013
 新しい動物行動学 2 2016
基礎教育科目
 線形代数 AA 2 2015
 線形代数 2 2016
 基礎物理学Ⅰ-E 2 2015
 基礎物理学Ⅱ-E   F 2 2015
 入門物理学Ⅰ AA 2 2014
 入門物理学Ⅱ AA 2 2014
 入門化学 AA 2 2015
英語
 College English Ⅰ 1 2013
 College English Ⅱ 1 2013
 College English Ⅲ 1 2013
 College English Ⅳ 1 2013
 College English Ⅴ 1 2014
 College English Ⅵ AA 1 2014
フランス語
 フランス語基礎1・2 AA 2 2013
 フランス語基礎3 AA 1 2013
 フランス語基礎4 AA 1 2013
 フランス語応用1A AA 1 2013
 フランス語応用2A AA 1 2013
 フランス語特修3 AA 2 2014
 フランス語特修5 2 2014
 フランス語特修6 AA 2 2014
 フランス語特修7 認 *1 2 2016
 フランス語特修9 AA 2 2015
 フランス語特修10 AA 2 2015
健康・スポーツ科学科目
 健康運動科学 AA 2 2013
 ジョギング・マラソン1 1 2016
<専門教育科目>
必修科目
 卒業論文 10 2016
 卒業論文演習Ⅰ 2 2016
 卒業論文演習Ⅱ 2 2016
 言語文化基礎論Ⅰ AA 2 2013
 言語文化基礎論Ⅱ 2 2013
 言語文化概論Ⅰ 2 2013
 言語文化概論Ⅱ 2 2013
選択必修科目
 国語学基礎論 AA 2 2016
 英米文化概論 2 2015
 英米文学史 2 2015
 英語学概論Ⅰ AA 2 2014
 英語学概論Ⅱ 2 2014
 ドイツ語学概論 AA 2 2015
 ドイツ語圏言語文化基礎演習Ⅱ 2 2015
 ドイツ語コミュニケーションⅠ 2 2016
 ドイツ語コミュニケーションⅡ 2 2016
 フランス語圏文学史 AA 2 2014
 フランス語圏文化論 AA 2 2014
 フランス語学概論 AA 2 2014
 フランス語圏言語文化基礎演習Ⅰ AA 2 2014
 フランス語圏言語文化基礎演習Ⅱ AA 2 2014
 フランス語圏言語文化演習Ⅰ AA 2 2015
 フランス語圏言語文化演習Ⅱ AA 2 2015
 フランス語圏言語文化演習Ⅲ AA 2 2015
 フランス語圏言語文化特別演習 AA 2 2015
 フランス語コミュニケーションⅠ AA 2 2015
 フランス語コミュニケーションⅡ AA 2 2015
 エチュードフランコフォーヌ AA 2 2015
 言語学基礎論 AA 2 2015
 言語応用論 2 2014
 言語比較論 AA 2 2014
 言語教育論 AA 2 2014
 言語応用論演習 2 2014
 言語比較論演習 AA 2 2014
 言語教育論演習 AA 2 2014
 言語教育特論 AA 2 2015
 表現文化論 AA 2 2015
関連・自由選択科目
 調理科学 AA 2 2016
 人間工学 2 2016
 生活機器学 2 2016
 防災・安全科学 2 2016
 色彩学   欠 2 2014
 色彩学 AA 2 2015
 政治学概論   欠 2 2015
 民俗学 AA 2 2014
 中国古典語Ⅰ 2 2015
 中国古典語Ⅱ 2 2015
 ギリシア語 AA 2 2016
 ギリシア語 AA 2 2016
 ラテン語 AA 2 2013
 ラテン語 AA 2 2013
 西洋古典学   欠 2 2016
 国際ジャーナリズム論Ⅰ AA 2 2015
 国際ジャーナリズム論Ⅱ AA 2 2015
 文学部基礎演習 2 2013
 文学部実践演習 AA 2 2015
 生涯学習概論 2 2016
 発達・学習論 2 2015
 日本文化発信のための英語 AA 2 2015
 哲学史通論Ⅰ AA 2 2016
 哲学史通論Ⅱ AA 2 2016
 美学概論Ⅰ 2 2014
 美学概論Ⅱ 2 2014
 哲学特講Ⅰ 2 2014
 哲学特講Ⅱ   F 2 2014
 西洋史特講Ⅱ 2 2016
 文化心理学特論 2 2014
 心理学特講Ⅰ 2 2016
 教育メディア論   F 2 2016
 教育学特講Ⅱ   欠 2 2016
 英米文学特講 2 2014
 英語学特講   欠 2 2015
 インターカルチュラルスタディーズ AA 2 2014
 言語応用特講   欠 2 2014
 言語応用特講 AA 2 2016
 言語教育特講 2 2015
 表現文化論特論 AA 2 2015
 表現文化講読Ⅲ AA 2 2015
 安全防災工学 2 2016
<教職科目>
教職に関する科目
 教職概論 2 2013
 教育課程論 AA 2 2015
 外国語科教育法(英語)Ⅰ 2 2014
 外国語科教育法(英語)Ⅳ 2 2015
 外国語科教育法(仏語)Ⅲ AA 2 2014
 教育相談論 2 2016

成績通知書は欄が3列になっているのですが、卒業時に手に入れたものでは後2つ授業を取っていると2枚目に突入していたぐらいにはいっぱいいっぱいでした。そして、同じく卒業時に無料で発行される成績証明書では、成績通知書よりも行数が少ないため、1枚目の最後の行に「**** 次頁に続く ****」と記載した上で2枚目に突入していました。因みに、成績評価を纏めると以下の通りになりました。

科目 単位 割合
延べ履修 134 266
 内取得 122 242 90.9%
 内AA 68 132 49.6%
 内A 39 81 30.4%
 内B 12 23 8.6%
 内C 2 4 1.5%
 内認 1 2 0.7%
 内F 5 10 3.7%
 内欠 7 14 5.2%

文学部では関係のない(但し、奨学金などの申請には関わってくる)GPAは、教職科目を含めて小数第3位切り捨てで計算すると3.42になりました。これだけの授業を履修したら1単位当たりの授業料なんて途轍もなく安いものですよ、いや、それを差し引いてもやっぱり授業料は高かったですけれども。科目等履修生だと1単位につき14800円の授業料を支払わないといけないのですが、私の場合は4年間で授業料として合計1339500円(半額免除3か年+分納1か年)を泣く泣く納めたので、単純計算でこれを延べ履修単位数の266で割ったら約5035円になります。つまり、私は1/3ほどの値段で授業を受けたというわけです。今思えば物凄い元を取ったと思います。食べ放題でもこれほどの勢いで元を取ったことはありません。ですから、やっぱりこれだげ頑張った私は是非とも授業料を全額免除されるべきだと思うのですがそこのところ如何お考えでしょうか事務の皆の衆。
本当は履修した全授業のそれぞれに就いてひとつひとつ後記を纏めたものを作ろうと思っていたのですが、余りにも気が遠くなる作業に挫折して途中で諦めました。ので、私が履修した授業に就きまして、履修するか否かで迷っている段階で気になることがありましたら、個人的に訊いていただければ何かしらはお答えしますのでお気軽にご相談ください。但し、それによって如何なる損害が発生しても私は一切の責任を負いません。

*1:3回生夏期のフランスでの短期語学研修による単位認定。

卒業してしまいました

どうも、先日行われた卒業式で学長に名前を間違えられた首が座っていない人です。

御周知の通り、入学時には書くとも書けると微塵にも思っていなかったテーマで執筆した卒業論文が合格し、無事に学士(文学)の学位を拝領致しました。また、4年間の在学中に合計242単位を修得し、「日々よく学業に精励し他の模範となる優れた成績を修めた」として学業成績優秀賞を、副賞として腕時計を拝領致しました。有り難う御座いました。

自他ともに認めるボカロ好きで、まさか卒業論文でもボカロに携われるとは思っていませんでした。まあ、仏文に入った時点で卒業論文はフランス語学で書こうと思っていたのですが、どうせ卒業論文を書くなら何か面白いものが書けないかと3回生の頃から次第に思案するようになって、最後にはこのようなザマ結果となったわけです。入学時には英文法理論を研究しようと想定していたのですが、本当にあの島国のコースに行かなくて良かったとつくづく思っています。日本語が通じない日本人の教員と3年間も共に過ごしていたら確実にメンタルがやられていたことでしょう。仏文で自分の好きなことを論文に繋げることが出来て良かったです。ただ、卒業論文執筆の時期には卒業論文や研究よりも自他の人間関係で精神的に追い詰められてかなり苦しんでしまったのですが、現実逃避的に出会い系サイトに登録するなどをしたことは内緒です。尚、今のところ一度も出会えていません。出会い系サイトって、女性会員は殆ど無料だけど男性会員は大部分の機能が有料なので、非常に割に合わないのです。課金はしていません。サイト内で女性から届くメールもスパムとか業者の釣りみたいなものしか来ないのでもう本当にちんちんの底から当てになりません(今の無しで)。出会えると謳った出会い系サイトにも見放されてしまいました。死ぬまで初音ミクに慰めてもらいます。

学業成績優秀賞の話は、2月上旬に事務から頂いて、その時には、賞を頂くことが私の目標ではなく非現実的に思えたからなのか、200単位も取っていたらそりゃそうだろうと思ったからなのか、捻くれた性格の所為で素直に喜ぶ方法を忘れてしまったからなのか、5限に《生涯学習概論》の試験を控えていて持ち込み資料を必死のパッチで作っている途中で表彰云々どころではなかったからなのかは分かりませんが、「ああそうですか」と淡々と受け答えをして特別に嬉しいということはありませんでした。ただ、私が壇上に上った時に皆がどんな反応をするのだろうかと楽しみだったので、同期の皆には卒業式当日まで黙っておきました。実は2回生の時には「成績が極めて優秀である」として学修奨励賞を拝領したのですが、その時に頂いた副賞が図書カード(ルノワールの《読書》がデザインされた5000円分の図書カード)で、書籍にお金を掛けたい私は有り難く頂きながら「どうせなら10000円分くれれば良いのに」と思っていました。所詮これが大盤振る舞いできない公立大学の限界です。そして今回も副賞が出ると噂に聞いたので、まあ多分あの時の分の倍額の図書カードだろうと履んでいました。

卒業式当日は、同期の皆より30分ぐらい早くに会場に着いてリハーサルをしたのですが、そこで担当者が「副賞は高級腕時計なんです」と漏らしたのを聞いて、昨年に腕時計が壊れてしまって以来ずっと時刻をiPhoneに頼っていて(今ではiPhoneも壊れましたが)新学期も近いのでそろそろ欲しいなあと思っていた私は満更でもない気分でした。欲を言えば1年分でもいいから授業料を全額免除にして返金していただきたかったです。何でずっと半額だったのに最終学年だけ分納だったのでしょう。お金が無くて爪に火を点している公立大学だから仕方が無いです。当日に担当者から仰いだ指示では事前に頂いた説明の半分程度の事項が変更され、順序を覚えるのが苦手な私は若干パニックになりましたし、剰え代表受領者として振る舞わないといけないので壇上には余り立ちたい気分ではなく、式が執り行われている間も配布された説明の文書を何度も読み返しては溜息を漏らしていたので同列に座っていた表彰者に気遣われました。そして壇上で賞状を拝領する時には学長に気持ち好く思い切り下の名前を読み間違えられました、公衆の面前で。よく見たら演壇には読み間違い防止の為に私のフルネームを平仮名で大きく書いたポストイットが貼られていたのですが、それでも読み間違えられました。慣れているから別に良いですけれど。その後の学長の式辞の冒頭で謝罪が入るという、何とも貴重な経験(皮肉)をさせていただきました。因みに学長の式辞は要約すれば「英語を勉強しろ」ということでした。流石、グローバル(笑)大学。あと、壇上で表彰される時にどうやら私の首が座っていなかったらしいのですが、本人は全く気付いていません。幼少期から親や先生に何度も指摘されてきた、相当根深い癖です。添え木を当てたように身体を止めてしまうと自分が動いているのか動いていないのか判らなくなって嘔気が込み上げてくるので、心身の良好な状態を保つためにも何処かしら体の部位を動かしていないといけないのだと分析しています。大学に入ってから同期や後輩ちゃんに「歩く時に身体の重心が一定していない」と言われることが多々あったのですが、恐らくこれに関係していると思われます。「文学部の学業優秀賞の人、首が座ってなくない?」ってTwitterで呟いた理学部の人は末代まで呪うからな。とまれこうまれ、腕時計を頂いたのでオールオッケーです。大学の経済状況と大学生に見合った額を鑑みると4~5万円の腕時計なのだろうと思っていたのですが、気になってブランドの公式サイトで価格を調べてみたら10万円するものだということが判明いたしました。流石に息を呑みました。いやはや、こんな高価なものを頂くのも身に着けるのも初めてです、本当に有り難う御座います。でも欲を言えば授業料も全額免除にしてほしかったです。今は私の左腕で242単位が光り輝いています。 これが単位おばけの報いです。好い歳して日頃からTwitterで「おっぱいもみたい」とか「えっちしたい」とか呟いている首の座っていない人間が表彰されて高級腕時計まで着けている姿を見て心底悔しいと思いませんか皆さん。

卒業式の後日には支援機構の送別会(「追い出しコンパ」或いはそれを略した「追いコン」という言い方が、字面も響きも好きではないので拘ってこう言っている)がありまして、気恥ずかしいので断っておけば良かったと思いながらも参加して、沢山の後輩ちゃん(と一部の大学院生)に出迎えられました。4回生になってからは会う機会が減った同期とも相変わらずの調子で歓談し、ついこの前に入学したのにもう卒業かという所感のは私だけのものではなかったのだと知って安堵しました。昨年の送別会では私は卒業生に向けた動画の制作に携わったのですが、流石に今年はそういうのは無いだろうと思っていたら昨年と同じかそれ以上にクオリティーの高い動画が用意されていたので普通に吃驚しましたし嬉しかったですし序でに若干悔しかったですしまた何か動画を作りたいと思ってしまいました。支援機構にAviUtlという名の兵器を持ち込んだ元凶(cf. 2015年度のオープンキャンパス)としては、是非とも次世代に動画製作の技術を継承して今後の企画でも活用していただけたらと思います。来年の送別会でも動画を用意するつもりでしたら2年振りにお手伝いをさせていただけたら幸いです。動画の中で、お世話になったかの先輩達が、社会は貴婦人理不尽だと全員が口を揃えて言っていたので、どれだけ社会はブラックなのだよと恐々としました。ただ、私から言わせてもらうと大学で過ごしている間にも社会はリムジン理不尽だなあと既に気付かされることはありましたけれど(分かっているのか学生を碌にサポートできない事務共よ)。送別会の最後には、今までに手を組んできた戦友達がひとりずつメッセージを遣していくわけですが、それを聞いていて、4月からはもう本当に会えなくなってしまうのだなあ、でも本当に会えなくなってしまうのかなあ、と複雑な気分になりながらフライドポテトを貪り食べていました。あの店の料理が美味しかったので今度は女の子と1対1で行くつもりです(連れていかれたら覚悟しておいた方が良いですよ)。

思い返してみても、4年間の大学生活で私はなんやかんやでずっとあの場所にへばりついていたように思います。新入生として〈新入生歓迎キャンプ〉に参加してから、企画スタッフとして1年間関わったのですが、そこで思ったのは、同期(と年上)が有能でしかなく、仕事が出来過ぎるのです。技術も然りですが、何よりもタスクマネジメントがしっかり出来ている。そんなハイスペック野郎共に囲まれる環境下で私は幾度となく心を折られました。分かっていても気付いたら他のことはそっちのけでひとつの物事に集中し没頭してしまう私には相当に難しいことでした(病気をスティグマにする気は無いが、自閉症スペクトラムアスペルガー症候群に見られる一症状に似た何かを自分の中では抱いている)。このままでは後輩を持つようになった時に皆を引っ張るどころか皆の足を引っ張ってしまうと強く思うようになり、2回生の春の市大授業で企画スタッフとして関わるのを最後にしました。しかし、3回生の夏と4回生の初夏に、オープンキャンパスのリーダーから気持ち悪い熱烈なラブコールを頂いて(本当に物好きですね)、授業が多いからと遠回しに断り続けましたが、最終的には「私がこの手で最後のオープンキャンパスにしてやるからな……」と野望を抱きながら企画スタッフとして携わらせていただきました。送別会の場では時間の制約もあってきちんと伝えきれなかったのですが、私と一緒に企画スタッフとして時間を共にした同期と後輩ちゃんに対してこの場で言わせていただくならば、私の仕事の出来なさに心底驚愕し殺意を覚えられたことと存じます。その節は大変申し訳ありませんでした。改めてお疲れ様でした。また、共に企画することはなかったけれど小会議室で、或いは支援機構とは全く関係の無い所で知り合って取り留めもない話で互いに暇を潰し合った同期と後輩ちゃんに対してこの場で言わせていただくならば、私の大変面倒臭い絡みに心底辟易し失望を覚えられたことと存じます。その節は大変申し訳ありませんでした。改めてお疲れ様でした。送迎された今となっては、本当に沢山の同期と後輩ちゃんに恵まれて愛されていた、というか愛してくれていたのだなあと頭から爪先まで感じています。中学生と高校生の時には自分を犠牲にして教師の機嫌を気にしていたことや同級生からいじめを受けていたこともあってクラスルームで周りの環境を気にして過度に目立つことがないように自分をある程度隠して生きていたのですが、小会議室は自分が本当に好きなことをちゃんと言えて、そしてそれを皆がちゃんと全身で入れてくれる素敵な場所でした。恋愛教育促進支援機構には本当にお世話になりました。恋愛は1μmもプロモートされることはありませんでした。本当に有り難う御座いました。

私は高校を卒業して1年間の充電期間(「浪人」と言いたくはない)を置いて大学に入学した身です。小さい頃から体に似合わず病弱だった私は小児科に足繁く通ってはお世話になり、そこの看護婦(当時は「看護師」という呼び方は一般的ではなかった)に「大きくなったらあの大学に行きたい」と宣言して「あの大学に入るのは難しいよ」と激励された記憶が今でもぎりぎり残っています。物心が付いた頃から、この大学に行きたいと思っていました。高校生の頃には、公立で近いし英語を勉強して英語の先生になりたいからこの大学に行きたいと思っていました。小学校と中学校には放っておいても入学できましたし、高校も入学試験はあるもののまあ大丈夫だろうと思って普通に入学できました。しかし、行きたいと思っていた大学の入学試験に失敗した時には「ああ、これは当たり前のことではないのだなあ」と現実を見ました。何しろセンター試験は6割しか、二次試験(学力個別検査)では国語で2割しか得点できなかったのですから。滑り止めの私立大学でも、得意の英語一本での勝負に賭けました、高倍率の競争には勝てず(まあ勝っていたとしてもあの莫大な授業料を払えるわけがないので行っていませんでしたが)、敢え無く肩書の無い1年間を過ごすことになりました。予備校に通おうとしましたが、纏まったお金も無く、仕方なく自宅で地道に参考書を頼りに勉強する日々でした。でもそこまで勉強に紺を詰めた記憶は無く、当時お付き合いしていた3つ下の女性(後に私の首を締めて家出をして警察沙汰になって蒸発した)ともよく会っては遊んでいましたし、それはそれなりに楽しい1年間でした。予備校には行けませんでしたが、秋からは週に1回、予備校で数学の個別指導を受けることも出来ました。そして、2度目の挑戦で、C判定からの奇蹟的な合格を果たしました。折角だから大学に合格発表を見に行こうと思ったらその前に午前中に合格通知書が速達で届いてベッドから転げ落ちてしまいましたけれど。しかし、喜びも束の間、期日までに入学金を準備できない所為でこのままだと入学できなくなるという状況に陥りました。いや何処まで貧乏なのだよと思われるかもしれないのですが、私を含めて私の家族は食べ物を目の前にするとIQが2になってしまうのでお金が一向に貯まらないのです。ご飯を食べるだけのお金は十分にあるのですが、一度に費やせる纏まったお金は無いのです。エンゲル係数が高すぎるのだよ全く。失意の中、どう足掻いても無理なものは無理だと悟った私は、腹を括ってもう1年頑張ろうと決心するに至りました。が、いや全く、何が起こるか分からないものです、ご縁があって、入学金を無事に納めることが出来まして(断っておきますが裏口入学ではありませんよ)、晴れて大学に入学することが出来ました。

入学手続きの日に貰った手提げ袋の中に入っていた、振り翳せば容易に人を殺せるほどの厚さのシラバスをぺらぺらと捲って読んだ時には、規則的なレイアウトで記載された授業の数々が宝の山にしか見えなかったのです。大学生活が始まって、いざキャンパスに足を踏み入れると、周りは偏差値が60前後あるような進学校からやってきた学生ばかりで、偏差値52の今時には珍しい本当に普通の普通科の高校から出てきた私にとっては入学当初は肩身の狭い思いをしました。しかし、高校までとは違ってただひとつ決まった答えが求められることがない大学では、発表なりレポートなり試験なり、自分の分身となる作品に込められたオリジナリティがちゃんと評価されることに素直に嬉しく思い、味を占めたような想いでした。既に用意されたスタンダードや大勢の他者が向ける圧力的な目に雁字搦めになっていた私は、まさにこの時、大学が掲げる自由の中に解放されました。毎期毎年、シラバスを眺めるほど、授業を受けるほど、私の知的好奇心は関数的に躍動していきました。高校2年生で挫折した物理にも思い切って再挑戦しましたし、勢い付いて他学部の授業にも顔を出しました。何かに取り憑かれた麻薬常習犯のように、知的好奇心を充足させるために様々な学問領域の授業を履修しては、宇宙のように際限の無い学問の沼にはまっていきました。同時に、生活科学部のウェイ系学生に対する殺意もふつふつと湧いていきました。1回生前期には12コマしか埋まっていなかった時間割も、少しずつ増えていき、3回生になると一般的な学生だと履修科目の数が減っているはずなのに20コマ近く履修してはほぼ毎日のように1限から5限をぶっ通して勉強していましたし、4回生になって周りの同期は卒業論文の執筆や就職活動に打ち込んでいるのを後目に10コマ近く履修していました。食べ放題みたく、授業料の元を取るように授業を履修していきました。中学校と高校ではパッとしない成績で、大学にも合格平均点より下で入ってきた私は、学問の悦びを知り(やがって)、気が付けば最後には卒業式の壇上に居ました。242単位を修得した今でさえ、あの授業を受けておけば良かったと後悔するところがあります。医学部ではないけれども、学部は6年間あっても良いのではないかと思います。流石にそれは皆が嫌と言うか。関係ないけれども、医学部って想像以上にチャラいですね。

時間は無情にも知らぬ顔をしてこんなにも早く過ぎていき、というか崩れ去っていき、後1週間足らずで新年度を迎えます。4月から社会人として羽搏いていく同期達に、文学部で学んできた同士として、告げます。既に実感しているでしょうが、文系学部、殊に文学部には逆風が吹いてます。文系軽視の時代です。とにかく文学部は冷たくあしらわれる此の御時世です。そんな文学部で過ごしてきた私達は、社会に出たらきっと見縊られるのだろうと(勝手に)思っています。勿論、本当はそんなことなどは起こらない方が良いのですが、大学生活で経験してきた世界よりも遥かに広い世界に身を投じる以上、九分九厘、何処かのタイミングで私達のことを文学部だからという理由で下に見てくる人達が現れます。「理系の方が技術も知識もある」「所詮文系なんか遊んできた奴等」「文学なんか勉強して一体何になる」「社会では直ぐに役立つ実学が大事だ」などと、お偉いさん達はドヤ顔で宣うことでしょう。そんな自分の物差しでしか学問の価値を計れないような教養の無い視野狭窄の奴等には、私達が人間を探求することを止めた所為で、全ての人間探究者が排除された所為で、無彩色で、単一的で、味もへったくれもない、荒廃した世界を味わわせて差し上げたい。少なくともそう心の中では声を大にして言えるぐらいの気概を常に持っておきましょう。文学部は、人間が築き上げてきた思想を、歴史を、社会を、言語を、文化を学問する、畢竟、人間について探求する場所です。人文科学なのです。人間に就いて深く学んだ人々も、これらを抱えられる社会も、豊かさや多様性を持ちます。そういう人間こそが、そういう社会こそが、今の時代には必要なのです。人間が人間について目を向けることを止めてしまったその途端に、幾らサイエンスが、テクノロジーが、仮令、世界で1位になるくらいまで発達しようとも、世界は廃頽して終焉を迎えます。所謂「文系」と「理系」の両者が、互いに理解を示し、歩み寄り、手を取り合い、そこで初めて、より良い社会を創り上げる機会を手に入れられるのです。そうしていかないといけないのです。そして私達は文学部で、この世界に不可欠な、人間の本質を見つめ直すということをやってきたのです。絶対に私達の選択は間違いではなかったはずです。絶対に私達が学問に費やした時間は無駄ではなかったはずです。是非、社会に出ても、文学部で培ってきたことを遺憾なく発揮してください。たかが文系だと舐めた態度で来る奴にはぎゃんふと言わせてけちょんけちょんにしてあげてやってください。と、就職活動もしていない人間が偉そうに大層なことを言うのもあれですが、どうか餞別の言葉として納めてくれると幸いです。

因みに、私はというと、2年間のモラトリアムを手に入れ、4月からは文学研究科という名の病棟で入院と通院を繰り返すアフラックみたいな生活を送りますので、メロンとか差し入れてくれると大変喜びます。入院しているはずのに段々と元気を失っていくのですよ。不思議だと思いませんか。生命の神秘ですね。あと2年間は、後輩ちゃん達(と一部の先輩と一部の同期)とは何処かで会うことになると思います。まあ私は極力会わないようにしていきたいのですが、偶にでも見掛けたら挨拶してやってください。企画のリーダーへのお誘いは固くお断りさせていただきます。そして、同期達、特に、大阪を離れて地元に帰るか新天地へと赴く同期達は、月に1回は大阪に帰ってきてくれると、少なくとも私は喜びます。何なら週に1回でも良いです。でもやっぱりそんなに頻繁に帰ってこられると迎えるこっちもお金が掛かるのでやっぱり年に1回で良いです。また皆と必ず会える(と少なくとも私は思っている)ので大丈夫です。でも新しい場所でもちゃんと新しい人間関係を築いてください。そう言えば、送別会の時でもそうでしたが、成人を過ぎた頃から同期が結婚の話をしているのを聞いて、自分の将来の人生設計に就いてちゃんと考えているのだなと私は驚いています。良い人が見つかると良いですね。結婚式には招待していただかなくて結構です。というわけで、以上、私が恋愛感情を抱いてしまう女子には必ず彼氏がいるという残当な結末を辿ることしかできない芸人でした。長々と失礼しました。どうか体にはお気を付けて。

 

しなやかに そして したたかに 生きようか

笑ってあばよ!